吉田麻也がパーソナリティを務めるTOKYO FMのラジオ番組「吉田麻也の切り替えて行こう!」(毎週土曜9:30〜9:55)。吉田麻也が“何があっても切り替えて行こう!”というDFならではのスローガンを掲げ、最新のニュースやリスナーからのメールに鋭く反応していく番組です! 12月14日(土)の放送では、プロになる前の貴重な経験について語りました。
「先日、あるテレビ番組で、麻也さんを18歳から取材されているというライターさんが『当時、楢崎正剛さんが「プレーは成長しないといけないけど、麻也の素質は日本代表のキャプテンをやれるだけのポテンシャルがある」とおっしゃっていた』というエピソードを紹介されていました。若手の頃から期待をかけられていたことを麻也さんは知っていましたか?」
吉田:(アカデミー時代から)先輩方に目をかけていただいていたのは間違いないと思います。僕がプロに昇格するかどうかぐらいの17〜18歳のときに、楢崎さんもそうですし、秋田豊さん、藤田俊哉さんなど、当時のJリーグを代表するベテラン選手たちが、自分のチーム(当時:名古屋グランパスエイト)に所属されていて、Jリーグのなかでも本当のプロフェッショナル(な姿)を目にすることができたのは、自分にとって大きな財産でしたし、やっぱり、Jリーグ・アカデミーの良い点ってそういうところじゃないかなと思います。
また、当時の僕は、チーム寮で若手選手たちと同じ屋根の下で生活をしていましたが、そこで、どういう選手が1軍で試合に絡んでいくのか、逆にどういう選手がダメになっていくのかをまじまじと見てきた経験があって、そのなかで、高校生ながら“自分が(プロで)生き残るにはどうしたらいいだろう?”と考えていたのもあるかなと思います。
特に、現ジュビロ磐田の強化部長の藤田さんなんかは、露骨にプレッシャーをかけられたというか……(苦笑)。僕がまだ20代になるかならないかぐらいのときに、地元企業の方とのご飯に誘っていただいて、礼儀作法も全然わからないまま連れて行かれたんですけど、そこで(藤田さんが)企業の方々に「こいつは、すぐ代表入りしますんで!」みたいなことを言って“え〜!? 急になんてことを言い出すんだ!!”って思うくらいプレッシャーをかけられました(笑)。
でも藤田さんは、長年Jリーグを見てきた肌感で“どんな若手が伸びるのか”がなんとなくわかっていたんだろうな、という気がします。そして、自分もそういう歳になってきて、なんとなくですけど“こういう選手は伸びるだろう”“(プロとして)生き残るだろう”っていうのは肌感で分かってきました。
どんな職種でもおそらくそうだと思うんですけど、そういう若いときの経験が今すごく活きているなと感じます。